Tivoli Audio の原点から50年 -ヘンリー・クロスの軌跡―


Tivoli Audioを象徴する機種といえば、なんといっても「Model One」。今年、この人気モデルの前身といっていい名門、KLHブランドの「モデル8」が世に登場して50周年になります。つまり「Model One」は、現在の家電製品にあって珍しい、歴史的なルーツを持つ製品といえます。その歴史を作り上げたのが、ヘンリー・クロス。現社長のトム・デヴェストとともに、Tivoli Audioの創業に寄与しました。おもに製品の骨格を作り上げたわけですが、この人物はオーディオの世界においては大立者でした。それは、2000年にCEA(全米家電協会)が、「オーディオの殿堂=50人の功労者」の一人に選出したことでも証明されています。エジソンから始まり、ベル研究所を経て、現代に至るまでの、オーディオの歴史の中で、ひときわ異彩を放つ存在と言っていいでしょう。ここではそのヘンリーの軌跡の中から、Tivoli Audioの創業につながる事柄に関して記すことにします。

1960年に発売された「KLH モデル8」

AR創業からの半世紀

米国の古都ボストンは、人文、科学、芸術、そして音楽が花咲いた街。当然その街から、優れた音楽再生を目指す多くのオーディオブランドが輩出されました。ヘンリーはMIT(マサチューセッツ工科大学)の先輩エドガー・ウィルシャーとともに、1952年に、やがてボストンサウンドの盟主となるスピーカーブランド、AR(アコースティックリサーチ)を創業しました。「AR1」、「AR3a」、「AR-LST」といった人気モデルを矢継ぎ早に登場させ、その名を広く世界に知らしめたわけです。
 その技術の根幹は、画期的なエアサスペンション方式の開発にありました。そのころは大きな箱とドライバーを使わなければ、低音を出せませんでした。大型のものは家庭に入りにくく、当時、将来のステレオ時代を視野に置くと2台のスピーカーが必要になるということで、小型化が火急のテーマだったわけです。ARは低域の歪みの改善と、レスポンスの向上を目指し、同方式を開発。その結果、小さなブックシェルフサイズでも、重低音まで再現可能、家庭でもフルボディのサウンドが楽しめると言うスピーカーを完成させました。これは画期的な出来事でした。当時名指揮者のカラヤン、そしてジャズの天才マイルズ・デイビスが愛用したという逸話も残っています。我が国でも「AR3a」は大ヒットして、多くの日本メーカーの良きお手本になり、ブックシェルフ=完全密閉型=ステレオ再生という流れを作ったことはあまりにも有名です。最近ですらそのフォロアーブランドが登場するなど、いまもって、その理論は古びてはいませんし、現在も大事に使っている愛好者が多いことも特筆すべきでしょう。
AR3a

「モデル8」の背面から見た真空管群
 ステージ音響、映画産業を背景にした、明るくヌケのよいウエストコーストサウンドとよく対比される東海岸の音は、抑制が効いて密度が濃く、音楽的というイメージがあります。その一端を担ったのがARであるともいえるでしょう。家庭で楽しむ良質なサウンド、というTivoli Audioの原点がうかがえる事柄です。
 ヘンリーはその後、1957年にKLHを設立し、「モデル6」、「モデル32」など我が国でも人気を博したスピーカーを作りあげています。もちろんARで築いた技術をベースに、一層精密な設計が施されていました。それには、ボストンならではの優れた木工技術と、良質な水を生かしたコーン紙が大きく寄与したと言います。
1960年には史上初めてと言われる、高感度・高分離度の真空管小型FMテーブルラジオ、「モデル8」を世に送り出しています。これが今日のTivoli Audioのベースとなったモデルであることは、見れば容易に想像がつきます。例えば周波数の表示フォントは、Tivoli Audioにほぼそっくり踏襲されています。より視認性を高く、読みやすくといった思想が長い時を経たいまも一貫して受け継がれているからです。
「モデル8」のダイアル
「Model One」のダイアル
 KLHがミシンで有名なシンガー社に買収されたのを機に、1967年にヘンリーはアドヴェント・コーポレーションを設立することになります。スピーカーの研究開発に専念するためでした。「アドヴェント」、「スモーラー・アドヴェント」というヒット作で一世を風靡したわけですが、これらのスピーカーは、ヘンリーの集大成としての位置付けであり、よりコンパクトに、よりリーズナブルプライスにまとめたモデルでした。しかも自ら磨いてきたエアサスペンション方式の弱点、アンプに負荷をかける、重い低音という部分を技術的に解決したモデルでした。もちろん完全密閉型に変化はありません。このモデルも、小型高性能という宿命を担った国内エンジニアたちの、研究対象になったと言われています。
KLH時代にヘンリーはドルビー研究所のレイ・ドルビーに、家庭用テープレコーダーのノイズリダクション・システムを提案し、ドルビーBタイプの開発に寄与することになります。このシステムは後に、「アドヴェント201」型のカセットテープデッキに搭載され、以後のカセットオーディオブームの嚆矢となりました。大型のオープンリールデッキでしか楽しめなかった、ハイファイの録音/再生を、小さなカセットデッキで実現するという画期的な開発といえました。これもまたコンパクトなTivoli Audioに通じる流れです。
 その後世の中は家庭用のビデオ映像を楽しむ時代になり、ヘンリーは1973年に世界初のプロジェクションTVの開発に成功し、ビデオ業界に進出しました。さらに続くPC時代には、ケンブリッジ・サウンド・ワークス社を1988年に、トム・デヴェストとともに設立します。PC用としてコンパクトでハイパファーマンスなスピーカーシステムや、サテライト&サブ・ウーファーシステムを開発し好評を博すなど、常に時代の先端を歩みました。1998年にヘンリーは「エミー賞」を受賞することになります。もちろんホームエンターテインメントにおいて、時代を先取りした業績をたたえてのことでしょう。
プロジェクションTVを開発中のヘンリー

ヘンリーの集大成、Tivoli Audioの創業

そして2000年、ヘンリーは、再びホームオーディオに戻り、トムとともに、Tivoli Audioを創業することになります。その第1作が「Model One」。これは前述のようにKLHの名作をいまに継承した製品です。ありそうでなかった「シンプルでよい音のするテーブルラジオ」の登場でした。これは、かつて目指したに違いない、優れた使い勝手、よいサウンド、シンプルでコンパクトなデザインというヘンリーの思いが、隅々に感じられる製品に仕上がっています。常に時代の先端を歩んだヘンリーの選択だけに、大いに納得できるものです。その結果Tivoli Audioは世界で拍手をもって迎えられました。最近よく、世界のオーディオ人から、「チボリみたいな」とか「チボリと比べて」といった比喩を聞きます。これは一つのジャンルを作るのに成功したからでしょう。「Model One」のステレオバージョン、「Model Two」の設計を完成し、ヘンリーは2002年にその生涯を閉じたといいます。ちなみにその後2006年、イギリスの権威ある音楽誌「Hi-Fi News」は創刊50周年号で、オーディオの功労者ベスト50人を選ぶ企画を実施しましたが、ヘンリーは堂々その第4位に選ばれています。

ヘンリーの哲学

オーディオの先端を歩んだと書きましたが、ヘンリーは一貫して、家庭で楽しめる良質なエンターテインメントを追求してきた人でもありました。大がかりなシステムでしか実現できなかったハイファイサウンドを、コンパクトなサイズで実現すること、そして手軽に楽しめるリーズナブルプライスを目標に、研究し、かつ成果を上げてきたのだと思います。その彼の終着の理想郷がTivoli Audioだったことには感慨深いものがあります。まさに、家庭にあって誰にでも使いこなせる、良質な音というホームエンターテインメントの原点がそこにあるからです。

2010年12月27日

オーディオジャーナリスト 秋川 真
Tivoli Audio Model One
オーディオ業界のパイオニア ヘンリー・クロス